プロフィール

僕が染織職人になった理由

伝統工芸「上田紬」の織元の3代目 リョウマです

このブログを運営しています小岩井 良馬と申します。 良馬(りょうま)は幕末の志士から頂いた名前です。  

東京から北陸新幹線で1時間半ほどにある長野県上田市で伝統工芸「上田紬」の織元の3代目としてモノづくりの仕事に従事しています。

2016年に資格取得の条件である12年間従事して、伝統工芸士の認定を頂きました。

幼い頃から継ごうと思っていた、、、わけではありません。

「伝統工芸の職人(仕事)をしています」と言うと、「小さい頃から継ごうと思っていたんでしょ!? 凄いね~!」という風に言われたりすることがありますが、実際はそんな事はなくて継ぐつもりは全くありませんでした。

小学校、中学校、高校と地元の学校を出て、東京の大学へ進学しました。 東京で学生生活をしていくうちに海外志向が強くなり、大学卒業後にドイツの日本食レストランでウエイターとして就職しました。

海外生活での気づいたのは日本の良さ!?

ドイツで過ごす毎日は刺激的で本当に楽しかったです。  ドイツ語は全く話せずに行ったんですが案外なんとかなるもんです(笑) 

ドイツは夏休みは必ず2週間取らなければいけないと法律で決まっているので、2週間の夏休みにヨーロッパ各国を旅行に行ったりして海外生活を満喫していました。

ところが1年が過ぎた頃から心境に変化が生まれるようになってきました。

僕が働いていた日本食レストランには現地人(ドイツ人)が8割以上で常連さんとも仲良くさせてもらっていました。  ドイツ語を話すのでてっきりドイツ人かと思っていたらオーストリア出身の方だったり、スイス出身だったりと国籍はドイツではない方も多かったのです。(オーストリアもスイスも公用語はドイツ語)

仲良くさせてもらっていたお客様からホームパーティーに招待して頂いた時などに色々お話をお聞きすると、ドイツ人もそれ以外の国の方も自分の国にとても誇りを持っている方がほとんどだという事が分かりました。  

そういう環境の中で過ごしていくうちに「じゃあ自分は何者なんだ?」という問いかけが自然と生まれるようになってきました。  そして外国の文化に触れることによって「あ、ここは日本と違うな」とか「ここは日本の方が好きかも」とか日本の良さも見えてきたのです。

ドイツで過ごして3年、そして職人へ

ドイツでの生活が2年を過ぎたあたりから仕事を含めて今後どうしていくのかを考えるようになりました。

そして出した結論が「日本文化に携わる仕事がしたい!」という事でした。  日本食レストランに勤めていたのでウエイターから寿司職人になるという選択肢もあったのですが、自分が育った信州上田で働きたい、そして恩返しをしたい!という気持ちが強くありました。

それで上田で出来る日本文化の仕事って何かあるだろうか?と考えた時に、家業である上田紬がまさにそれだったとその時に初めて合致したのです。

ドイツで過ごしてちょうど3年経った頃に、僕は職人になるべく日本へ帰国しました。

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そして、帰国して15年が経ち(2019年現在)、今ではすっかり職人も板についてきて仕事人のようです(笑) 

このブログでは作り手目線で思う事を書いています。 着物好きな皆さんの参考になれば嬉しいです。

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