着物について

上田紬について 歴史や特徴を詳しく解説!

上田紬は真田家が始めた織物

上田紬の歴史は400年ほど前に遡ります。 

1600年頃に武田家は織田家に滅ぼされ、その家臣だった真田家は独立への道を歩んでいきました。 そして真田家は居城として上田城を築城して城下町が出来て、地場産業として奨励したのが真田織です。

真田織の素材は麻、上田紬は絹ですが、真田織の技術を踏襲して生まれたのが上田紬といわれています。 その為、上田紬の織物組合の証紙は真田家の家紋である六文銭を商標として用いているのです。

江戸時代には日本三大紬に

日本三大紬は?という問いかけに対して、大島紬、結城紬の2つはすぐに出てくると思いますが、もう1つが諸説あるようで塩沢紬だったり、牛首紬だったり言われることもあります。 

ですが、歴史的に言わている日本三大紬とは大島紬、結城紬と上田紬なのです。 江戸時代には井原西鶴の浮世草子「日本永代蔵」にも上田紬の名前が載っていることから当時の人気ぶりがうかがえます。

どうして上田紬は栄えたのか?

上田紬がここまで人気になったのは気候や風土が養蚕に適していたのが理由と言われています。

上田は晴天率が高く、朝晩と日中の温暖差があることからお蚕さんの餌となる桑の葉がよく育ちます。 そして強い風が吹くので桑の葉につく害虫の卵を吹き飛ばしてくれたのです。

強い風が吹く理由に挙げられる岩鼻

真田幸村のように強い

上田紬の昔から言われている特徴は2つあります。

1つは生地の風合いがしなやかで丈夫な事です。 その丈夫さから別名「三裏紬」(みうらつむぎ)と言われていたこともあったそうです。  これは表地である上田紬1枚につき、裏地を3枚とりかえるほど丈夫という意味だそうです。 

江戸時代には真田幸村の勇猛さに掛けて「真田も強いが上田(紬)も強い」と言われていたそうです。

丈夫さの理由は糸質が良かったこと、目が細かい糸目で織ったこと、そしてしっかりと打ち込みをしていたことなど様々な要因が重なって生まれていたようです。

大阪冬の陣、夏の陣での勇猛果敢ぶりは徳川軍も称えたそうですね

シンプルイズベスト!?

上田紬のもう1つの特徴は縞柄・格子柄です。 

先に登場した井原西鶴の「日本永大蔵」では「 この手紬の碁盤縞は命知らずとて親仁(おやじ)の着たる」とありますが、この手紬とは上田紬のことです。

紬織物は江戸時代は庶民が唯一着るのが許された絹織物でしたので、縞柄や格子柄のようなシンプルな柄が人気だったのかもしれませんね。